これから留学に行く後輩が、先輩に投げかける質問として必ず訊かれるのが「留学に行って、自分が変わったと思いますか?」。オーストラリアに半期留学した村上さんは、それにズバッと答えます。「人と比べることがすっかりなくなり、周りと比較して焦ることが激減しました」。飄々と留学に行き、淡々と就職先を探す村上さんに、留学のあれやこれやを聞いてみました。

英語ができるようになった動機、実は単純だったって本当ですか?

「そうなんです。小学生の時、帰国子女だった友達が英語を喋っている姿に『カッコイイな!』と憧れを抱きました。その後、英語の歌詞が多いONE OK ROCKの曲にハマり、和訳を見ながら口ずさんでいるうちに、自然と関連動画の洋楽を聴くようになり。耳から入った英語だから、発音は自然にできるようになり、授業でそれを友達に『めっちゃ喋れるじゃん!』と言われ、益々英語へのモチベーションが上がりました、笑。

高校も家の近所がいいという単純な理由で選んだのですが、その私立校がたまたま英語教育に力を入れていて、ネイティブの先生がたくさんいたんです。洋楽にも目覚め、毎日英語に触れていたということもあって、修学旅行先のハワイで現地の学生と話をした時も、また友達に『すごーい!!』『英語喋れるなんて、かっこいい〜!』と褒めてもらって、またやる気が満ち満ちてくるという、そんな発展的なループに入っていました。

オーストラリア留学

洋楽や洋画好きって、教えられなくてもなんとなく感覚で英語を身につけたって人、多いですよね。村上さんは文法も得意だったんですか?

「それが……コミュニケーションはいつも100点だったのですが、文法表現は実はとても苦手で、3-40点。対人なら大得意なのに、対文法となると萎縮してしまう。困ったもんだなあと思っていた時に私、閃いたんです。『あ。逆に言えば、私、英語(文法)が苦手な人の気持ちが分かるってことだわ』って。『なら、英語(文法)が苦手な人に寄り添える先生になれるかもな』。それが高校3年生のときでした。

大学に行ったら留学したい!と強く思うようになり、大学は【教職】と【留学】がどちらも可能なところ、それもできたら留年したくなかったので単位認定が可能なところという条件で探しました。そして国際コミュニケーション学科に出会いました」

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で。オープンキャンパスに来てくれたんですよね?

「あの時のことは今でも覚えていますよ。先生も先輩たちもとにかく明るくて、ものすごく家族的な温かさがある学科だなあ!って印象深かったです。その時はサマースクールのデモをやっていたのですが、国際ボランティアの人たちがたくさん来ていて国際色も豊かだったし、留学経験のある先輩が私の未来にも親身になって相談に乗ってくれて、その時に『ここにしよう』って決めました。単純に『こんな大学生になりたい!』って思える先輩たちが多かったし、先生と学生の距離が近いって感じたのも、入学を決めた理由でした」

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その時にはどの国に行きたいという具体的な目標は決まっていたんですか?

それも動機は単純で。ブリスベーン在住のyotuberの動画をよく見ていたのですが、その内容に憧れて、行きたい先はオーストラリア!笑 でも訛りがあると聞いていたので、そのあたりも経験ある先輩に質問したら『全然心配ないよ、ネイティブの先生もたくさんいるから、オーストラリアへ行ってくせのない英語を学ぶことだって全然可能だよ』。

学科に入学してみたら、想像していたよりも、みんなの英語レベルが高くて、ネイティブの先生の授業では若干自信喪失気味になりました。みんなに褒められて気持ちよくなっていた、それがなくなってしまったわけですから、笑。

でもそこからがスタートですよね。入学直後の5月には早速学科が企画していた伊東でのフィールドワークに参加し、イタリア人と一緒に商品企画を考えるというワクワクする体験をさせてもらいました」

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教職課程にバイトにフィールドワーク、聞いているだけで忙しそうですが、村上さんの場合、それら全ての体験が留学に役立っていそうですね

「はい。みんな教職は忙しいと言いますが、普通にちゃんと授業を受けていれば、フィールドワークへの参加も、バイトも、両立できると思います。バイトはスポーツ用品店の接客を任されていたのですが、たまに外国人のお客様がおみえになると私が担当。英語で接客をして商品が売れた時には思わず『ヤッタア!』。小さな自信につながったと思います。

それとは逆の、もう一つ、苦すぎる体験もありました。1年生の11月にフィールドワークでチェコ・ハンガリーに行った時のこと。グループに分かれてホームステイをしたのですが、家のお母さんがいきなり激怒してしまったんです。内容は『タンクの水には限りがあるのに、なぜ全部使ってしまったの?他の人が誰も使えなくなってしまったじゃない!』ということ。お母さんの怒りの剣幕に凍りつきました。でもそれも、事前にちゃんと調べておけば相手をそれほど怒らせてしまうことはなかったわけですから、こちらの落ち度。

それからは、どこかへ訪問する時には必ず相手国の習慣や慣習を事前に調べるようになりました。その時も学科の先輩たちがめちゃ励ましてくれて。失敗から見えた小さな課題を一つ一つクリアにしていくことで自信がつく、それを学びましたね」

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で。2年生になってついに念願のオーストラリアへ半期留学したんですね

「憧れだったブリスベーンにある学科の提携校クイーンズランド工科大学へ行きました。『せっかく英語を学びに来てるんだから、自分の環境から極力日本語を排除しよう』と決め、ホストマザーと私だけの二人生活を始めました。とても優しいマザーの家にあたり、週末になると娘さんがちびっ子連れで帰ってくるような家だったので、とても楽しかった。

平日にはマザーが17:00頃帰宅、毎日必ず『今日は何をしたの?』と尋ねてくれるので、私も一生懸命答えているうちに英語力がとてもアップしました。一緒に夕飯を食べながらいろんなことを話しました。彼女はいつも『女は強く生きろ』と口癖のように言っていました。『どうにかなるさ』という強さを持った人だったので、そういう人の背中を見て一緒に生活できたことが私にもいい影響があり、留学前よりもとても楽観的になった気がします」

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授業や学校、家以外での日常生活はどうでしたか?

「現地での授業は、国際コミュニケーション学科でのやり方(グループワークが主体で全員で答えを導き出していくスタイル)とあまり変わらなかったので、特に違和感もなく授業に馴染むことができました。日本で学んでいた時には苦手と感じた文法も、英語環境で学び直したからか、不思議と楽しく感じ、初めてここでちゃんとした文法を習得できたな、という実感でした。あとは現地のテレビや映画を見、1-2時間学校の勉強をすれば、英語力は自動的に上がっていったという感じです。最後の1ヶ月はアクティブなタイ人の女の子と仲良くなり、毎週末、ブリスベーン近郊のあちこちに遊びに行きました。コアラやクジラを見たり、湖に行ったり、クラブで飲み明かしたり。その時の思い出は、何にも代え難い宝物です」

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留学する前と後の自分の変化などは感じますか?

「以前は行動をする前から、消極的になってしまうことがよくありました。それはたぶん、自信のなさに起因していたんだと思うのですが、オーストラリアで小さな自信をつけてもらったことで、それがまるでなくなりました。

あとは、留学前は人と自分とを比べていちいち一喜一憂していたのですが、それも不思議と全くなくなりました。比較をしても無駄なだけ、人は人、自分は自分。『今自分が置かれた場所でどうやって楽しもうか、それだけを考えていればいい』と割り切れるようになりました。環境も自分も、抗ったって変えられるものではないし、自分が置かれた場所で自分ができることをちゃんとやっていればいい。マイペースで全然大丈夫、と思えるようになれたことは、本当に大きな進歩だったと思います」

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最後にこれから留学したいと思っている人たちに伝えたいことはありますか?

留学って、今まで自分さえ知らなかった自分になれるチャンスだと思うんです。っていうのは、現地では国内にいる時のように、自分を誰かと比較するその対象がいない。いないというか、誰もが他人をそれほど気にしていない。つまり誰もあなたのことを見ていない、笑。だから、思いっきり『自分になれる』そんなチャンスだと思います。

英語力も行く段階ではそれは必要なし。留学前にしゃべることができていなくても、現地で学ぼうと思ったらいくらでも喋れるようになります。自分の殻に閉じこもっていたら英語力はいつまでたってもアップしないから、その殻を自分で破ってほしい。

とにかく挑戦。とにかく好奇心旺盛になんでもやってみる。いろんな機会に対して自分からチャンスをゲットしてほしい。

そうしたら半年後には人と自分を比べて悩んでいる自分はどこかに消えてしまい、あらゆる失敗や壁をも栄養として取り込ん楽しんでるポジティブな自分に出会えると思います。結局1日1日を素敵にしていくのは自分自身ですから。置かれた環境を200%楽しめる自分でいれたらいいですね」