今回お話を聞いたのは、田中仁愛奈さん。
「私はどちらかというとコミュニケーションが苦手で、独りでいる方が心が落ち着くタイプ。1人でじっと考えることが好きで、自分自身と深く付き合うタイプだったのですが、この3年間でいろんな人から刺激を受け、内面が本当に広がったなあという実感があります」
これまでずっと音楽一筋。理由は、お母さんもおばあちゃんも音楽が大好きで、言葉で表現するのが苦手だったこともあり音や歌で表現するのが楽しくて、気づけば音楽が大好きになっていた。
「私は中学生から吹奏楽部でサックスを始めました。吹奏楽の、自分の感情や学んだことがそのまま素直に表現出来て、流暢に音に表れるところが楽しくて夢中になりすぎて、勉強は二の次になってしまっていました(笑)。ですが吹奏楽という心から夢中になれるるものがあったから、十分満たされていました。
そして高校2年生の時に自分用のサックスを買ってもらったのですが、進路を考え始めた頃、保育士の専門に行きたいと考えていたら母から『ここから先も続けるんだったらプロの楽団に入って、あとは専門学校で保育の勉強でもしたら?』と言われたんです。しかし卒業後は趣味程度で楽器を楽しみたいと考えていた私は、大学へ進学することにしました。大学も吹奏楽推薦だったため学科が限られていて、どこにするか迷っていました。そんな中、国際コミュニケーション学科が目に止まったんです。」
国際コミュニケーション学科はアクティブラーニングを積極的に取り入れていることもあり、どちらかというと明るい学生、積極的な学生が多いように思われている。けれどそんな中に静かに凛と咲く花、田中さんのような人も混じっている。
「音楽に感情を乗せて伝えることはできても、言葉で直接表現するのが苦手な私にとっては、国際コミュニケーション学科は自分が今まで歩いてこなかった道に位置する学科。そもそも内気だということもあり本当に不安で、最初の頃はずっと1人で座ってたんです。でも面白いものですよね。周りの人たちが明るいタイプだから、たくさん話しかけられるんです。そうすると、朱に交われば赤くなる、の通り、相手に話しかけられた分だけ、自分の心の扉が開いたんです。それまではただ怖かったのに、本当にだいぶ変わりました。自分から人に話しかけることなんてほとんどなかったのに、たくさん話しかけられたことで、自分の気持ちがも明るくなり、私からクラスメイトに話しかけることが増えたんです。結局、音楽でしか表現できなかった自分が、言葉でも表現できるようになったんですね。自分でもそれは驚きでした。」
田中さんが入学時はコロナ真っ最中。通常授業が始まってからもいろんなことを考えた。
「新一年生になった時は、本当に心細かったです。色々上手くいかず、誰かに相談することもしづらくて、大学生活ってこんなんだったの!?と。学年も上がり、いろんなことが進んでいくにつれ、分かってきたこともありました。
私はどうも、周りのペースに自分を乗せるのが難しく、いつも自分の感覚で “今これだ!”と思ったものを歩きながら掴み取っている節がある。一言でいえば “不器用” とも言えるわけですが、スロースターターだろうが、周りのペースに合わせられなかろうが、自分のまん中にある“核” や “感覚”を大切にしながら、一歩一歩確実に前に進んで行きたいという点だけは昔から変わらないんです。時代はとかく“答えが出やすいもの” “答えになりやすいもの” を求めがちですが、人間の情緒や本質にはいつも“答えがない”。そんなカタチにならないもの、または目に見えないものを、私は見たくなるんです。その視点で、どハマりしたのが、学科の『映像翻訳』の授業でした」
人の質感をなぞりたくなるような学生達に人気な授業が、学科の『映像翻訳』。この授業は、国連難民弁務官事務所(UNHCR)の難民映画祭で発表されることを想定して作られる映画の字幕を、受講する学生で考え、制作するという、まさに社会に直結した実践型授業。
「これは本当に楽しかったです!! 人間の心を探りながら言葉に置き換えていくので、単なる言葉だけでない、さまざまなバックグラウンドやその心情背景などを類推しながら最後一つの言葉にまとめる、この奥行きの深さが本当に楽しくて、夢中になりました。
まさに私が得意な、“感覚”でキャッチしてそれを“言葉”に置き換えて、“シーン”を生み出す作業。しかもその根本となる“感覚” が異なるクラスメイトと一緒に作るので、そのシーンや人の仕草に対する解釈は無数にあり、それを知って自分の新たな価値観や知識が増えて拡がっていく…それが本当に面白いんです。考えるのが楽しくて仕方がなくて、ただの『Sorry!』という言葉についてどう解釈してどの和訳をつければ良いかを、家に帰ってからもずっと考えていたこともありました。2年間しか履修できないのですが残念、もっとやってみたかったです。」
最後に一つ田中さんに訊いてみた。デジタル全盛、ディベートが上手い人が勝つ、声の大きい人の言う通りになる風潮、田中さんの目にはどう映るのですか?と。
「進化しているように見えて、その分、人と人とが直接関わりあって感じる“何か”が減ったようにも思います。今は非常に効率的な世の中だと思いますが、人として成長し続けるために、場合によってはアナログの方が必要になることもあるんじゃないでしょうか。」
田中さんは今、出版社で働きたいと試行錯誤中。原石となる作家さんを感性で見つけ、それを自分の手で磨き上げて人の心を惹き付けるものを作り出す、そんなことをやってみたいのだそう。
出版社はそれはそれで過酷な労働だと思うけどと言葉を漏らすと、田中さんはこう言った。
「好きなことはやり抜くタイプなので、苦しくても大丈夫。むしろ、やりたくないことを主として頑張る方が私は難しい。何より、好きなことであればどれだけ辛い現実でも、嫌いにはなれないし、達成できればさらに自分の技術に磨きをかけることができるような気がします。これまでは苦手意識に覆われていた私が、この学科に来てかなりポジティブになりました。そのおかげで、自分について知ることが出来たし、自分にしかないものを見つけられたような気がします。やりたいこともはっきりしたので、あとは努力するだけです!」
明確な意思を持った田中さんの数年後が、本当に楽しみです。